無時間の常温にて
音楽の価値は、本来いつだって平等だった。
生まれた瞬間の震えも、消えゆく余韻も、
誰のものでもなく、ただ世界に開かれていた。
けれど、時代はいつの間にか
その価値に値札を貼り、
ランキングという檻に閉じ込め、
一部の利益のために使い捨てる仕組みを作った。
オールドメディアは、まるで神のふりをして
「これが価値だ」と宣告し続けてきた。
だが、音楽は本来そんな温度では生きていない。
熱狂にも冷笑にも染まらず、
ただ“常温”で呼吸する存在だ。
時間の外側で、誰にも触れられない場所で、
静かに、確かに、響いている。
思えば、もっとも純粋だったのは
バッハが神のために書いた
あの祈りの旋律かもしれない。
市場も、権力も、消費も、
まだ音楽の上に影を落とす前の時代。
音がただ音として、
世界の中心に置かれていた頃。
いま、私たちはその純度を思い出す必要がある。
音楽は奪われた価値を取り戻すために
過去へ戻るのではなく、
無時間の常温へと帰っていく。
そこには、誰にも支配されない
本来の音楽の姿が、静かに立っている。


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