初夏のきらめきの中で
六月の風は、制服の袖を揺らしながら、
どこか遠くへ連れていこうとする。
放課後の帰り道、
私はいつもの病院の前で足を止めた。
ガラス越しに見える青年は、
今日も窓際で本を読んでいる。
年齢は二十代前半くらい。
病室の白に溶けてしまいそうなほど静かで、
でもページをめくる指先だけは、
誰よりも生きているように見えた。
初めて彼を見たのは、偶然だった。
祖母のお見舞いに来た帰り、
廊下のベンチで咳き込んでいた彼に、
自販機の水を差し出しただけ。
それだけのはずなのに、
彼はまるで宝物でも受け取るみたいに微笑んだ。
「ありがとう。君の制服、夏の光みたいだね」
そんな言葉を、
真顔で言う人がいるなんて思わなかった。
その瞬間、胸の奥がふっと熱くなった。
彼が病気だということは、すぐに分かった。
けれど、どんな病気なのかは聞いていない。
聞いたら、何かが終わってしまう気がしたから。
私はただ、学校帰りに病院の前を通るだけ。
彼はただ、窓際で本を読みながら、
私に気づいたときだけ、少しだけ笑う。
それだけの関係なのに、
彼のいない日は、空気が薄く感じる。
「君は、未来があるんだから」
「俺のことなんて気にしなくていいよ」
そう言うくせに、
私が落ち込んでいる日は、
窓越しでもすぐに気づいてしまう。
優しさは、時々いちばん残酷だ。
今日も私は、病院の前で立ち止まる。
六月の風は爽やかなのに、
胸の奥だけが少しだけ苦い。
彼がページをめくる音が、
なぜか私の心まで震わせる。


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