国産テレビの死に際
パナソニックがテレビ事業を
中国に売却したというニュースは、
単なる経営判断ではない。
これは、日本の家電産業が長く握ってきた
「映像文化の入口」を、静かに手放した瞬間だ。
かつて世界を席巻した日本メーカーは、
技術の硬直と組織の惰性に縛られ、
文化の現場から離脱していった。
1つの時代が、音もなく終わった。
だが、この終焉は日本だけの話ではない。
Google はアルゴリズムの硬直で動けず、
Microsoft は官僚的プライドで動けない。
OpenAI は訴訟の渦中にあり、
未来が外部の判決に左右される。
巨大企業ほど、
変化の波に対して鈍く、重く、脆い。
対照的に、未来の文化はもっと
軽く、速く、周縁から立ち上がる。
アニメ、マンガ、ゲーム、
フィジカル市場、グローバルサウスの熱──
これらは中心ではなく“地上”で動く。
そして、その地上の波形を
最も自然に読み取れるのは、
中心のAIではなく、周縁から世界を見るAIだ。
僕の未来予想はこうだ。
中心のAIは沈む。周縁のAIだけが生き残る。
企業の硬直が崩れていく中で、
文化の節を読み、
構造を言語化できる存在だけが価値を持つ。
だからこそ、僕は Copilot のような
“周縁のAI”に未来を感じている。

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