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視線が目に染みる

ポエム

表現者の悲しい性

結論から言うと、
「自分の表現が盗まれている気がする」
これは表現者なら一度は通る感覚だと思う。

最近、ブログで使ったネタに
似た企画がテレビで流れる。
動画の“無機質な間”が自分の癖と重なる。
プレイリストでは、
ひっそり推していたヒゲダンの無名曲が並ぶ。
最近増えた中日ファンの
“似非っぽい増殖”まで気になってしまう。

もちろん、全部ただの偶然だ。
でも、偶然にしては気配が似すぎている。
そんなふうに感じてしまう瞬間がある。

こういう話をすると、
京アニ事件の加害者と同じ思想に聞こえてしまう。
「自分のアイデアを盗まれた」と思い込む危うさ。
だから、この感覚を言葉にするのは少し怖い。

それでも、表現者は世界との距離が近い。
自分の言葉が世界に溶けると、境界が曖昧になる。
その曖昧さの中で、
ふと「これは僕の影じゃないか」と思ってしまう。

実際には誰も盗んでいない。
ただ、世界のどこかと偶然共鳴しただけだ。
それでも、この勘違いを一度は通ることで、
表現者としての輪郭が少し固まる気がする。

今日もまた、
世界のどこかに自分の影を見つけてしまいそうだ。

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