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オワコンのシンボル

コラム

役目を終えた地上波

WBCもF1も井上尚弥も見られない。
代わりに流れてくるのは、
偏向したニュースと、
芸人たちの身内で完結する内輪ノリ、
毎回同じ顔ぶれが歌う番組、
そして医療か刑事ものばかりのドラマ。
気づけば地上波は、
国民の「知りたい」や「見たい」から遠ざかり、
ただ“埋めるための枠”だけが残った。

テレビの国内生産が終わる
というニュースは、象徴的だ。
もはやこの国は、テレビを
「未来の装置」として扱う気がない。
視聴者もまた、
静かにその終わりを受け入れ始めている。
地上波は、国民の生活の中心から外れ、
ただ惰性で点灯している古い照明のように、
存在理由を問われる段階に入った。

本来、スポーツや文化は
国民をつなぐ“共通言語”だった。
しかし今、その言語は地上波から消え、
残ったのは制作側の都合で
作られた安全な番組だけ。
刺激も挑戦もなく、ただ
「問題を起こさない」ことだけが価値になった。

地上波は、かつてのように
国民を照らす灯台ではない。
今は、誰も見ていない
海に向けて光を放ち続ける、
役目を失った装置のようだ。

そして国民は気づき始めている。
――この光はもう、
自分たちのためには灯っていない、と。

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