突然の喪失感と私の未来
「え?」
朝の通学電車の中だった。
通知欄に流れてきた文字を、
私は三回読み直した。
『○○、死亡。自宅で発見』
指が震えた。
嘘だと思った。
悪質なデマだと思った。
でも公式アカウントの黒背景の
声明を見た瞬間、呼吸が浅くなった。
私の推しが死んだ。
世界ツアー中で、
昨日まで笑って配信していた、あの人が。
私はどこにでもいるJKだった。
進路希望調査票は白紙。将来の夢もない。
でも推しだけはあった。
バイト代。お小遣い。お年玉。
全部アルバム、トレカ、遠征、
サブスク、グッズに消えた。
親には呆れられていたけど、私は本気だった。
推しがいるから学校も行けた。
推しがいるから、生きる理由が少しだけあった。
なのに。
なんで?
その日から私は狂ったみたいにSNSを漁った。
炎上?
熱愛?
事務所トラブル?
誹謗中傷?
原因を探した。
授業中も。風呂でも。深夜三時でも。
進路?知らない。
そんなのより理由が必要だった。
だって理由がなきゃ納得できない。
でも何も出てこない。
彼はノースキャンダルだった。
真面目。努力家。メンバー思い。
悪口すらほとんど見つからない。
なのに、どうして。
一週間後。
週刊誌のスクープが出た。
『遺書の存在』
私はコンビニで震えながら記事を買った。
そこに書かれていた彼の言葉を、
今でも忘れられない。
『期待されるほど、怖くなる』
『笑顔を求められるほど、笑えなくなる』
『みんなの人生を背負っている気がした』
『壊れているのに、壊れていると言えなかった』
頭を殴られた気がした。
私たちは愛していたはずだった。
応援していたはずだった。
でも。
「頑張って」
「ずっと活動して」
「笑っていて」
「私たちの希望でいて」
その言葉の山が、
彼を押し潰したのかもしれない。
スマホの画面に映る
自分の推し活アカウントを見る。
毎日投稿していた。
今日も生きててくれてありがとう。
一生アイドルして。
絶対幸せにする。
……幸せにする?
誰が?
私が?
私は急に分からなくなった。
推しを愛するって何なんだろう。
人を救うはずの存在が、
なぜ壊れていくんだろう。
そして、
なぜ私たちもこんなに壊れそうなんだろう。
学校帰り、担任に呼び止められた。
「進路希望、まだ空欄だけど」
私はいつもなら適当にごまかしていた。
でも、その日は違った。
保健室の前を通った時、ふと足が止まる。
養護教諭が、
泣いている女子を静かに受け止めていた。
否定も説教もしない。
ただ、話を聞いていた。
私はぼんやり思った。
心って、こんなに簡単に壊れるんだ。
アイドルも。
ファンも。
私も。
だから、誰かが知らなきゃいけない。
守り方を。
「先生」
気づけば私は担任を呼び止めていた。
「心理学って、どうやったら学べますか」
担任が少し驚いた顔をする。
「急だな」
「……人の心のこと、知りたいんです」
推しはもう戻らない。
ライブも、新曲も、更新通知も来ない。
それでも、彼が最後に残した痛みだけは、
消えなかった。
もしもっと早く、
誰かが心の悲鳴に気づけていたら。
もし誰かが、
「期待に応えなくてもいい」
と言えていたら。
そんな答えのない“もしも”を抱えながら、
私は初めて自分の未来を考えた。
進路希望調査票の空欄に、震える手で書く。
心理学部志望。
理由を書く欄で、少し迷う。
そして小さく書いた。
「推しと推しを愛した人たちの心を救いたい。」
書き終えた瞬間、涙が落ちた。
たぶん私はまだ、全然立ち直っていない。
でも。
推しがくれた最後の痛みを、
誰かを救う理由に変えたいと思った。

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